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2016年7月29日 (金)

大聖師から何を学んでいるのか?


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最近、「学ぶ会」の幹部と思われる人物が、自身が「原理主義者」であるとの批判を回避するために、やたら「私たちは帝国憲法の復原・改正を支持していない!」と言っています。

彼らによると、帝国憲法の復原というのは、あくまで「手段」であり、戦後七十年もたった現在では、帝国憲法の復原・改正は現実的ではない、ということだそうです。

って、うん?なんか、似たような文章を、教団の機関誌の7月号で読んだ気がするぞ??

恐らく、私の「学ぶ会は、雅春先生に学ぶと言いながら、安倍政権による憲法改正案を支持しているけど、これはおかしいじゃないか!」という指摘が、彼らにも伝わっていたのでしょう。そこで、苦し紛れの言い訳をしたわけですね。

にしても、言うに事を欠いて、普段あれほど嫌っている教団と同じことを言い出すとは、笑い者でしょう。

念のために行っておくと、私はいわゆる「教団派」の人間です。というより、谷口雅宣先生が生長の家の正統な法灯継承者であり、雅宣先生への誹謗中傷を日課としている人間が、生長の家信徒であるとは、粕ほどにも思っておりません。

表向きは「帝国憲法の復原・改正」とか「憲法新無効論」を唱えている、アクエリアンとか言う人は、結局、雅春先生の憲法論への賛同者を、安倍信者の学ぶ会へとミスリードするための役割にしか、なっていなかったわけですね。

雅春先生の憲法論の賛同者を、教団から引きはがしたうえで、雅春先生の憲法論を否定する学ぶ会に入会させる――そうやって、巧みに、安倍自民党の支持者を増やしていくわけです。

これが、「生長の家原理主義者」の、正体なわけです。


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普段、生長の家原理主義者を激しく非難している私ですから、ついに「谷口雅宣原理主義者」という、有難い称号を頂きました。(笑)

さらには、私にはなんと彼女がいて、夏休みには彼女と海に行く予定だという、予測も語られていました。

インドア派の私が海ですかぁ。(笑)それにしても、私には恋人はいないんだけど・・・。

生長の家原理主義者の方によると、私のブログに彼女との写真が写っていたそうです。

私のブログをどのように曲解されたのかはわかりませんが、確実なことは、彼らは雅春先生の聖典も、同じように曲解している、ということでしょう。

何度も言いますが、雅宣先生の環境問題重視の路線は、雅春先生の説かれた御教えをこの時代に反映させた場合の、必然です。

なぜなら、雅春先生が戦前に発表された『大日本神国観』では、天皇陛下よりも先に、大自然への感謝の言葉があるからです。そのことを、忘れては、なりません。

自然との共生なくして、日本国実相顕現は、ありえないのです。


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さて、私にはどうも、生長の家原理主義者と激しく戦っているイメージが、教団の中にもあるようなのですが(笑)、実際には、かなり穏健派――な、はず、です。

雅宣先生も、「対称性の生き方」を繰り返し、述べておられました。私なりに要約すると、小異を見ずに、大同を見る生き方、です。

だから、雅宣先生に中心帰一するということは、決して、排他的になることではなく、教団内外の同志たちと大同団結することである、と言えます。

しかし、一方で、雅宣先生も言われているように、原理主義には妥協してはならない、とも思います。原理主義者は、必然的に排他的な思想になるからです。

教団から出て言った方で、まさに「対的」な生き方をされている二人がいます。

百地彰と、四宮正貴先生です。

憲法学者で、学ぶ会の機関誌の編集人もしている百地彰は、憲法無効論を明確に否定しています。恐らく、学ぶ会がしきりに帝国憲法の復原・改正を否定する背景には、百地彰の影響があるのでしょう。

それでいて、雅春先生に学ぶ、と僭称する厚顔無恥さには、決して、妥協しては、なりません。彼らは、雅春先生の名声を、「利用」している、だけなのです。

彼らが雅宣先生を非難しているのは、雅春先生の憲法論を否定しているからではなく、安倍自民党を非難しているからである、と思われます。自民党のためならば雅春先生の御教えをも否定する彼らに、妥協することは、生長の家の御教えを捨てるのと同じことです。

一方で、四宮正貴先生は、確かに、雅宣先生のことも非難しており、そうした言動は、私は一切、賛同できません。

ただ、一方で、四宮先生は雅春先生の憲法論を現代に活かすため、南出喜久治先生の憲法新無効論を唱えられています。

この南出先生の主張である自立再生論は、生長の家の活動方針とも、おなじベクトルと向いているといえるもので、とても参考になります。

現象ですから、どうしても「小異」が生じることは、あります。

生長の家政治連合の中でも、路線対立があったことは、今では明らかになっています。

なので、私は雅宣先生の言われる「対称性の生き方」によって、大同団結していきたい、と思っているのです。


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あの共産党でさえ、「大阪都」構想反対で自民党と手を組んだり、「戦争参加法制」反対で民進党と手を組んだり、「大同団結」をしています。

一番、和解を説きべき信仰者が対立していて、一般に汚い世界と言われている政治家の方が、昨日の敵とも手を握る、そんな状況はおかしいわけです。

生長の家原理主義者の掲示板を見ると、安東巌という方と対立していたという人物への非難の文章があふれていました。

谷口雅宣先生だけでなく、私の両親が尊敬している多湖周子先生、さらには、教団を定年退職された荒地先生や、新教連の理事をされている貴康様など、すでに教団から離れた谷口家の人間についても、実名を挙げて、暴露しています。

荒地浩靖先生と言えば、大聖師・谷口清超先生の実家の家督を継がれた方です。青年会の先輩の中にも、荒地先生の指導を受けられていた方はおられますが、荒地先生に対する悪い話は――安東岩の支持者が匿名でネットに流した情報を除くと――全く、聴いたことがありません。

以前、荒地佳代子先生が若い頃に当時の青年会の皆様と橿原神宮に参拝されていた写真を見せていただく機会がありましたが、谷口家に繋がる方を匿名で非難されるというその神経は、私には理解不能です。どうしても、諫言したいことがあれば、自分自身の実名を挙げて、正々堂々と訴えるべきでしょう。

谷口貴康様についても、私は新教連とは立場が異なりますから、当然、私と貴康様とでは「小異」だらけである、とは思います。だからといって、私は貴康様を敵視したりは、していないわけです。

私は、いわゆる生長の家原理主義者の本当の目的は、生長の家の解体と抹殺である、と思っています。

決定的な証拠があるわけではありませんが、その「傍証」は、山ほどあります。

雅宣先生が雅春先生の御教えから外れている?そういう自分たちは、同なのでしょうか?

「差異点ではなく、共通点を見る」というのが、雅宣先生の説かれた「対称性の生き方」です。

対して、生長の家原理主義者の皆さんは、「共通点ではなく、差異点を見る」という生き方をされているそうですね。

残念なことです。


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