「想念」は実現のための種子である
大聖師・谷口雅春先生のご著書『新版 真理』第9巻「生活篇」(日本教文社)に次の一節があります。
吾々が想念することが形の世界にあらわれるのは、法則によるのです。法則の上に我々が「想念」を投げかければ現象界に想念した通りの事柄があらわれるのは、既に作成されたフィルムを映写機に装塡してスイッチを入れれば法則によってフィルムに描かれた通りの形がスクリーンにあらわれるようなものであります。「想念」は又「種子(たね)」のようなものです。それを「法則の世界」に播種すれば、法則は種子を発芽せしめ、法則にしたがって播(ま)いた種を刈りとることになるのです。菊を植えれば菊が花咲き、薊(あざみ)を植えれば薊が花咲くのです。では吾々が心の世界に「病気」の想念を植えつければ病気があらわれ、「貧乏」の想念を植えつければ貧乏があらわれるのは当然のことだと言わねばなりません。私達は出来るだけ心に幸福なことを描くようにつとめましょう。
もしも、貴方が「幸福な想念」を持つことが難しければ、「形から入る」というのも一つの手段です。
常に笑顔でいると、不思議に心が明るくなり、心に幸福な想念が生まれます。
あ
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