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2016年10月24日 (月)

亡国の調――「海ゆかば」について


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ネット上で「海ゆかば」の音声があったので、聴いてみた。

まさに、「亡国の調(しらべ)」というのに相応しい、暗い雰囲気に満ちたものであった。ここまで暗澹たる気持ちになる音楽も、珍しい。

讃美歌調で荘厳なメロディーだという意見もあるが、同じ讃美歌調でも、インターナショナルの方がまだましなぐらいだ。

「海ゆかば」は、白村江の戦をテーマにした大伴家持の長歌である。

倭国(九州王朝)と唐との、直接対決となった白村江の戦。言ってみれば、最初の日中対戦であった。

大伴家持がこの歌を歌ったのは、白村江の戦の80年後だという。戦争の悲惨さを忘れぬよう、後世に伝えていこう――そうした思いから、彼はこの歌を歌ったのだろう。

この歌を「戦意高揚」の歌と解釈したら、あまりにも、狭い見方だ。

大東亜戦争から70年以上たった今、あの戦争のことは忘れ去られつつある。私は「戦後」どころか「冷戦後」世代だから、大東亜戦争のことは親に聞いてもよくわからない。

ただ、私の父も戦争の記憶が失われることへの危機感を持っており、大東亜戦争の際の当事者の話を学生時代にはよく聞いていたらしい。そうした話を、よく私に伝えてくれる。

大伴家持も、私の父と同じ思いだったのだろう。

彼は、確かに、天皇陛下のために亡くなった白村江の英霊たちには、「奉慰顕正」の気持ちを込めている。全体として、天皇陛下をたたえる歌でもある。

私も、陛下のために戦った兵士は素晴らしいと思う。(ただし、大和王朝の天皇が善戦で闘った記録はないから、この「大王の 辺(へ)にこそ死なめ」の一節からしても、この歌は九州王朝の天皇の下で戦った、倭国兵士への追悼の意味もあると解釈すべきだ。)

しかしながら、大伴家持は決して「戦争」そのものを称えていないことに、注意すべきだ。

九州王朝の王者である薩野麻は、白村江の戦をはじめとする一連の百済救出戦において、最前線で戦い、唐軍の捕虜となった。その時、大伴家の人間の中に主君である薩野麻を助けるために、自ら奴隷となった者もいる。

当然、薩野麻の身近でなくなっていた兵士も多くいた。それを、大伴家持が歌っていた。どう考えても、「戦意高揚」の歌になどなる訳が、ない。


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支那事変の際、「国民精神総動員運動」と称してこの「海ゆかば」が「準国歌」的な扱いとなった。

「敗戦の歌」を戦意高揚に使うとは、その神経は尋常ではない。「戦死の歌」を大々的に歌って兵士を戦場に送った為政者は、一体、どういう神経をしていたのだろうか?

当時の為政者は、潜在意識で兵士のいのちの重みなど、軽いものと考えていたのかもしれない。

丁度、「戦争参加法制」を通す際に、安倍首相が戦場に出る自衛官のリスクについて「今までも1800人の隊員が殉職している」と、言い放ったように。

国民の多くも、潜在意識で敗戦を感じていたのだろうか?生長の家の教義だと、「物事は減少に現われる前に、心の世界でその原型ができている」というが、「海ゆかば」を歌っていた政府・国民の内心では、もう、敗戦が決まっていたのかもしれない。

皮肉にも、白村江の戦で中国に敗れた日本は、支那事変で一時期は中国を追い詰めたものの、戦線を拡大して大東亜戦争へと発展し、再び敗戦の憂き目にあった。

その頃、生長の家創始者・谷口雅春先生は「海ゆかば」への反対運動を行っていたところ、特高・憲兵による激しい抑圧を受けていた。

龍野高校の大先輩で、宮城事件を鎮圧し大東亜戦争を終戦に導いた「平和の軍神」田中静壱大将は、中島与一先生の導きで生長の家に入信したのだが、この中島先生も憲兵による厳しい取り調べを受けていて、最初田中大将の奥様である操夫人が来られた際に「私は軍人が嫌いです」と言い放ったという。

そして、大東亜戦争も終わり、戦後70年が過ぎている。

皮肉は重なるものだ。「海ゆかば」に反対して軍国主義者らと対立していた谷口雅春先生、この雅春先生に「学ぶ」と主張する生長の家原理主義者らが、「海ゆかば」の曲を広めている。

「谷口雅春先生を学ぶ会」という生長の家原理主義者の団体の幹部が運営する「塚本幼稚園」では、幼稚園児に「海ゆかば」を歌わせている。尋常では、ない。

そして、「戦争参加法制」を強行採決した安倍政権の防衛大臣に、生長の家原理主義者として知られる稲田朋美が、就任した。

「歴史は2度繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」という言葉がある。

「海ゆかば」の歴史を、我が国は再び繰り返し、後世の笑い者となるのだろうか?

それだけは、避けたい、と強く思う。


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