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2018年12月24日 (月)

クリスマスと元旦と生命尊重の理念


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 昨日は天長節、天皇誕生日でした。生長の家兵庫教区では青少年一泊見真会があり、大盛会のうちに終わりました。

 今の青少年対策部長が菜食にとても理解のある方で、とてもありがたいです。美貫(ヴィーガン)実践は、日本国実相顕現のためにとても大切なことです。

 ところで、今日は生長の家総裁・谷口雅宣先生の誕生日です。

 とは言え、生長の家では潔癖なぐらい個人崇拝的なことは嫌うので、「総裁誕生日」みたいなイベントはありません。結果、私は一人で寂しいクリスマス・イブを過ごすこととなります。

 天皇誕生日には色々なイベントに声がかかるのに、総裁誕生日には何のイベントもありません。寂しいですね。

 ちなみに、女性とクリスマスに逢おうと思えば、一ヶ月以上前にアポイントメントを取る必要があるそうです。理由はクリスマスには女子会というイベントが開催されるのだとか。(盟友・ちびうささんの情報。)

 明日のクリスマスはイエス・キリストの誕生日です。今上天皇陛下、総裁先生、ときてイエス・キリストと、誕生日が三連続ですね。

 だいたい今夜にサンタクロースがプレゼントを子供たちに配ります。

 サンタクロース、つまり聖ニコラスの記念日は厳密には12月6日だそうで、教義に厳格な正教会(今でも一部の修道士は菜食を貫いている)の家庭では、12月6日に子供たちの靴下にプレゼントが入っているのだとか。

 確かに、聖ニコラスとクリスマスが関連付けられる必然性はないのですが、それを言い出すとイエス・キリストがクリスマスに産まれたという根拠もないのですよね。

 『聖書』にはイエス・キリストの誕生日は書かれていません。クリスマスにイエス・キリストが生まれたというのは、後世の人による願望です。

 というのも、元々クリスマスはミトラス教の祭日だったからです。だから「縁起が良い日」にイエス・キリストが生まれた、ということにした、というのが真相でしょう。

 こういうと「それじゃあ、クリスマスを祝うのはバカらしい」という方も出てきますが、そういう意見には私は賛同しません。

 だって、日本の建国記念の日(紀元節)も神武肇国の頃の元旦です。それを今の暦に直すと2月11日になる、ということで祝っているのです。

 じゃあ、神武天皇は本当に元旦丁度に日本を建国したのか?それは、判りません。恐らく、後世の人が「キリの良い日に建国されたことにしておこう」としたのでしょう。

 クリスマスも元旦も、実は新年を祝うという意味では一緒です。クリスマスツリーを新年まで飾る国もあるそうです。

 そう言われてみると、クリスマスツリーも門松も、どちらもおなじ常緑樹(冬でも緑の葉が生い茂る樹)を飾るということでは一緒です。だから、一部の方は「キリスト教の風習を祝うとはけしからん」と言われますが、根本は神道もキリスト教も一緒な訳です。

 聖徳太子も元旦が誕生日だそうですが、それが事実かどうかも私は知りません。

 そもそもどうして元旦がめでたい日なのか、という根拠はどこにも無いわけです。ただ、キリの良い日に一つのけじめとしてお祝いをするのは、決して無意味なことではないと思います。

 いや、「無意味なことではない」というよりも「大いに意味がある」と言った方が良いかもしれません。

 昔の日本人はみんな元旦が誕生日でした。数え年では元旦に年を取るのです。

 それは、人間はすでに母親の胎内にいる頃から命が宿っている、という考えから「生まれてきた年」には既に十月十日以上生きている、だから「生まれてきた年」からすでに一歳である、さらに母親の胎内に受胎するまえから既に命が宿っている、というわけでその「生まれてくる前年」の「元旦」を「0歳」の誕生日にする、という趣旨でした。

 だから元旦は、全ての国民の誕生日であると同時に、その翌年産まれてくる赤ちゃんの誕生を祝福する日でもありました。

 それが旧暦での紀元節でもある訳ですから、国家の誕生日と自分の誕生日と全ての国民の誕生日と、そして未来の赤ちゃんの誕生日とを同時にお祝いする、「国のいのち」と「人のいのち」とを共に祝福する日であったわけです。

 その、とても素晴らしい日に天皇陛下は四方拝を始めとする祭祀を執り行われます。


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 昭和の國體学者である筧克彦先生は「乞食であっても国家の大生命の体現者である」と言われていましたが、この自覚こそが日本の素晴らしい生命尊重の伝統であります。

 今の日本の様々な問題は、現象的には色々ありますけれども、その根本は「生命尊重の伝統」が失われつつある、というとても残念な事実です。そのことを谷口雅春先生は戦後に著書『心と食物と人相と』で次のように記されています。

 戦後、海外の栄養学説が日本でも幅をきかすようになって、良質の蛋白質は肉食でなければ得られないという宣伝が行われ、政府でもその宣伝と共に国民に肉食をたべさせてやりたいとの愛念から、海外から獣類の屍骸の肉を輸入することをはじめ、だんだん瑞穂の国に長く生活し来った日本民族の植物食生活がすたれて、肉食偏重の生活に国民の嗜好が変って来たのであります。そのために米食はだんだん減り、米作田地の休耕や、果樹園への転作を政府が補助金を交付して奨励するようなことになったのであります。その結果、日本人の食する食物の八十パーセントは海外から輸入しているなどという不合理な結果を招き、それが人口増加問題とからんで、妙な結論を出し、「食物が足りなくなるから、妊婦は堕胎すべし」などと叫ぶ者さえ出ているのであります。それが愛の道にかなわない間違いの主張であることは誰にもわかるはずのことなのであります。

 今の日本では流石に堕胎を推奨するような言動は、「中絶の自由」等ということを喚くフェミニストを除くと居なくなりましたが、それでもテレビでは「途上国での人口爆発は問題であるから、途上国には堕胎や避妊の方法を教えなければならない」という方が出演したりして国民を洗脳し、生命尊重の気風を失わせようと努力しているのです。

 昔の日本人は胎児にも生命が宿っているという自覚があったのですが、最近の日本人は創ではなくて、私にも

「人口爆発が問題になっている今、食糧が足りなくなるから少子化は問題ではないし、途上国についてはやはり堕胎で人口を減らしてもらわないと困る。」

という様な意見を言っている方がかなりいるのです。

 彼らの多くは堕胎の自由化を求めるフェミニストであるのですが、彼らは胎児に命が無いという特殊な理論をもっていて、ただ、それだけでは多くの国民が納得できないことに気付くと「人口爆発は問題である」というテーマを今さらのように持ち出すわけです。

 ところで、そんなに人口爆発に食糧危機を憂えて、それがお腹の中の赤ちゃんを殺さざるを得ないぐらい深刻なものである、というのであれば、先ずすべきことは肉食を止めることであります。

 今の世界で生産される穀物の三分の一が家畜の飼料となっているのです。

 それで、途上国に対しては「赤ちゃんを殺せ」と言い、先進国でも「経済的理由での堕胎は女性の権利である」と言って多くの赤ちゃんを殺しておきながら、自分たちは途上国の方や貧困層の方が飢餓に苦しんでいる中、それを家畜の餌にしてそしてその家畜を殺して食べる、という、二重三重の殺生の業を積むということが、倫理的に赦されるはずが決してないのであります。

 どうも世の中には理屈の判らない人がいるようで、「美貫が増えると植物だけを人類が食べることになる、それだと食糧危機が深刻化するのではないか」という意味不明な戯言を言う人がいるのですが、そういう人はどうやら戦前からいたようです。

 それで、宮沢賢治はその小説『ビジテリアン大祭』において登場人物に「菜食主義者が増えると家畜の飼料に回っていた分を人類に回すことが出来るので、却って食糧危機の問題の解決になるのである」という旨のことを言わせています。

 宮沢賢治も国柱会という、日蓮宗系の天皇信仰の宗教の信者であって、真の尊皇愛国の道を究めると自ずから生命尊重の信念を持つのが日本の素晴らしいところです。


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そう言えば先日、ある友達に「クリスマスに何を食べるの?」と言われて、要するに「チキンを食べるの?」という意味だったことがあります。

 私が美貫だと知っていて、一体クリスマスに何を食べているのだろうか、という疑問だったと思いますが、実は私はつい最近までクリスマスにチキンを食べる風習があることを知りませんでした。

 では、チキンを食べることに何か、宗教的意義はあるのだろうか?イーサーは自分の誕生日にチキンを殺せ、と言ったのだろうか?或いは、原型となったミトラス教の風習か?

 多分、ミトラス教でもキリスト教でも「12月25日(又はそのイブ)にはチキンを食べるべし」という教義はないはずです。仮にそんなことを言う存在がいれば、私はそれを信仰の対象とはしませんが。(笑)

 キリスト教が肉食を容認しているのは聖パウロが原因なのですが、ただやはりキリスト教の修道士には生命観がしっかりしている人がいて、一部の修道会では今でも菜食を実践しているようです。素晴らしいですね。

 先程挙げた正教会では特にそういう方が多いようです。

 よく誤解されているけど、親鸞上人の肉食妻帯も肉食は罪ではない、と言ったわけではありません。

 私は浄土真宗の門徒ではないから親鸞上人と肉食妻帯の関係は私の信仰には直接影響はありませんが、ただ、それでも日本最大の宗派の宗祖が本当に肉食を容認したのだろうか?という疑問があり、調べてみました。

 すると、親鸞上人が家畜の肉を食べることを容認した、という記録は実はないのです。結婚を容認したり、女性と結ばれることを容認したりした文章はあるけど、「肉食をしても良い!牛も豚もどんどん食べよう!」と言った文章は皆無なんです。

 みんな「肉食妻帯」をセットにしているから色々間違える訳で、妻帯の禁止というのは「家族を贔屓して修行を放置しないため」であるのに対し、肉食の禁止は「畜生にも仏性があるから殺してはならない」というのが本当の目的な訳です。

 だから「妻帯禁止?いや、夫婦で一緒に幸せな家庭を築いて、仏法を実践して何が悪いの?」という感じで、明治以降は浄土真宗だけでなく他の宗派でもみんな結婚するようになったけど、肉食については今でも「私は殺生などしない!」と貫いている僧侶はおられるようです。

 ちなみに、「畜生にも仏性があるから殺してはならない」というのを徹底したのが日蓮聖人で、日蓮聖人は虫一匹たりとも殺さないという、徹底した美貫でした。先述の宮沢賢治もそうした日蓮聖人の志を引き継いでいるといえます。

 話を親鸞上人に戻すと、こういう逸話があります。

 北条政子の十三回忌に色々な僧侶が招かれて、親鸞上人も招かれたところ、出された料理に何と鱈があったのです。

 すると、僧侶はどうしたか。みんな袈裟を脱いで「今の私は僧侶ではありません」という風な態で、平然と魚を食べたわけです。

 そうした中、親鸞上人は一人袈裟を着たまま食べたので、当時9歳の北条時頼が不思議に思って「お坊さんは袈裟を脱いで魚を食べるものじゃないの?」と聞きました。

 すると親鸞上人は「僧侶は殺生をしてはなりません。ただ、今は末法の世であるから不殺生戒を守れずこの魚を食べることになってしまったので、僧侶としてこの魚を供養しながら食べようと思い、袈裟を着たまま食べているのです。」と答えたとか。

 私は末法の世だからこそ美貫を実践するべきだと思っていますが、ただ、そういう親鸞上人みたいな態度はある意味筋が通っているわけです。今の時代に回転ずしに言っている浄土真宗の門徒のうち、その魚を供養しながら食べよう、と思っている人は果たして何人いるでしょうか?

 とりあえず、私はクリスマスにチキンを食べることはありません。鶏たちが大量に殺されている、そういう産業にお金を払うと、資本主義というのは「需要があるから供給がある」世界だから、鶏を殺す需要を産んでしまうことになるのです。

 需要があると必ず供給が生まれます。例えば、殺し屋の人が改心して「俺は人を殺すのは止めた!今日から極道からは足を洗う!」と決意しても「○○を殺してほしい!金なら出す!」と思う人が沢山いると、「殺し屋って、儲かる仕事だな。俺も殺し屋になって稼ぐか。」という第二、第三の殺し屋が必ず、出てくるわけです。

 そういう訳で、今日はあまりイベントの誘いもない日ではありますが、チキンを殺すようなイベントに誘われず、菜食を貫けるという面では良いことであると思います。(美貫でのクリスマスイベントを開けば?と思う貴方、みんなは美貫もクリスマスは予定が入っているようです。)


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二、「尊皇愛国・自然共生・生命尊重」を一体のものとして把握し、現代社会の喫緊の課題である地球環境問題に取り組みます。

三、生長の家総裁に中心帰一して人類光明化運動・国際平和信仰運動を通した日本国実相顕現に邁進します。

四、若者・学生・生徒・労働者・少数民族・胎児・障碍者・薬害被害者の「いのち」と「権利」を断固擁護します。

五、学問的方法によって真実の歴史を明らかにし、我が国の本当の歴史を復興させて次世代へ伝えていきます。


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地球環境問題・生命倫理問題」カテゴリの記事

コメント

一休宗純様の境涯と、蓮如上人の境涯わかるなら、肉食妻帯も悪人成仏となるぞ。

一休様、後小松天皇様、御落胤なのに、庶民だよね。

悪魔の諸行の善人だね。

一休様は、修行が行き詰まり、自殺をはかろとまでした。自分の壁を越えないが切り、それ以上でも以下で無い。

肉食も是なりと知ることできないうちは、日野ボンは、いつまでたっても、日野ボンだ。
私が、日野ボン呼ぶのは、一編の識だけの貴方の識を示す

18/12/20(木) 00:34:15
世界平和の人柱に成る決め覚悟が、日本国憲法にあるということらしい。
宗教生活の究極的なコメントですね。西田天香先生


〜西田天香先生の示された伝導の範例〜

<わたしは伝導のきびしさを憶(おも)うとき、いつも一燈園の創始者の西田天香先生の聖なるきびしさを思い出すのである。天香先生の嫡子保太郎氏が重症で、いつ臨終となるやも測り知ることが出来ないで近親者がその机辺(きへん)に集まっているとき、天香先生は『人類が救いを求めて私を呼んでいるのだ。私はその方に赴かねばならない。それがまた保太郎の菩提のためであるのだ。さようなら』といって危篤の子供を残して人類救済のために旅立っていかれるのであった。それは最近親者たる母に向かって『われと汝と何な関係あらや』と淡々と言い切って、『わが時はいまだ来らず、また時が来たら会おうよ』と十字架上で母と再会する約束をせられたイエスの心境とよく似ているのである。義は重く、真理伝道の使命は重く、肉親の愛情はそれに比べれは軽いのである。>


〜信仰の活人剣『P121〜P122』の “伝道のきびしさ”より。


〜百尺の竿頭〜
   『百尺竿頭進一歩』(無門関)百尺竿灯に一歩を進む


この語の百尺は数値としての長さのことではなく、それほどの高い竿の先と

いう意味で、長い修行で至った悟りの極地の喩え。しかし、如何ほど高い境地

にあっても、そこに留まって安住していたら何のはたらきも出来ない。

その悟りより、「さらに一歩、歩を進めよ」と言うことは、百尺の竿の先きから

踏み出すほどに不惜身命、命をも投げ出して、衆生救済へ向かってこそ、悟りの

意義があると言う意味。

いったん掴んだ安らいの境地、悟りの世界は大変居心地が

いいものらしい。しかし、その居心地のよさで終わって

いたら、悟らぬも同じで、何の悟りかというわけである。

晴れた山の頂上は見晴らしもよく、気分もいいものだ。

しかし、そんなところで満足していてはなんの意義がない。

その素晴らしさを、さらに味わい深め、人に伝えひろめて

こそ禅者の働きとなる。

百尺の竿灯から一歩踏み出せば、命を失うこと必定である。

しかし、ここで清水の舞台から飛びおりる、その勇気が

なければ真の禅者とはいえない。

だから禅門では「大死一番、絶後に蘇る」という言葉を尊ぶ。

同義語として「青霄裡に住まらず」という語がある。霄裡とは雲ひとつ無い晴れ

渡った大空。そのが広がって清々し尊い世界だが、いかに尊い境地であっても、

悟りの本当の働きはその青霄裡に留まっていては出来ないのである。

いかに大安心の悟りを得ようとも、そこに腰をすえておったならば、禅者と

しての悟りの意味は無くなってしまう。なぜなら、それは自ら一人の安心、

満足であっては、大乗仏教として、多くの人々の救済、済度という禅者の使命を

果たすことができないからである。

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