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2020年5月29日 (金)

『信仰による平和への道』について

 この本がどうして重版されていないか、tapirさんが某掲示板に書かれているが、私も明確な理由は知らない、しかし、二つほど情報を聴いている。

 一つ目は、これが両軸体制を前提としているから不適切である、というものである。

 二つ目は、どうも谷口雅宣先生としては森田征史先生に押し切られてしまったような面が、当時の運動方針にはあったらしい、という話である。

 そこら辺の事情を詮索しても仕方がないが、『信仰による平和への道』をテキストに使わなくとも今の運動を推進できると判断した、それが重版しない判断の一つにあることは、確実に言える。

 無論、『信仰による平和への道』を「引用」することには何の問題もない。雅春先生の重版保留書からの引用も同様である。

 ついでに。

 妹尾先生が兵庫教区の教化部長になられて住吉大神の祈りをするようになったことが、ホンリュウ派の掲示板で話題になっているそうである。

 当たり前である。生長の家は今でも住吉大神を祀っている。

 また、妹尾先生の祈りには造化の三神の言葉もある。妹尾先生は谷口雅宣先生に心から中心帰一されているし、また、雅宣先生の本心もよくご理解されている方である。

 妹尾先生が教化部長に赴任されたことは、我々にとって大きな福音である。

 

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コメント

合掌有難うございます。
『信仰による平和への道』について、いろいろと教えていただき、有難うございました。今の運動推進に、テキストとしては、不要になったということなのでしょうね。
“無論、『信仰による平和への道』を「引用」することには何の問題もない。雅春先生の重版保留書からの引用も同様である。”と日野さんは書いておられますが、それは教化部長さんなり、どなたかに確かめた上でのことでしょうか。私は「重版保留」の聖典・書籍は、講話に使用してはいけないものと、ずっと思っていたので、この情報が真実で、谷口雅春先生の重版保留聖典からの引用にも、一切制限が無いとすれば、この上ない朗報です。
また、本流派は、各教化部においては、「宇宙浄化の祈り」の朗誦、「大日本神国観」の実修が、禁じられていると言っていますが、この事の真偽はどうなのでしょうか。もしご存じでしたら、日野さんに負担にならない範囲、無理の無い範囲でよいですから、教えてくださいますか。
神様の祝福が日野さんとご家族の皆様に満ち溢れますよう、お祈り申し上げます。
再拝

私の教区の青年会の前委員長は『古事記と現代の予言』を(テキストにはしませんでしたが)誌友会にそれを持って来て講話をすることはありました。テキストへの使用は持っていない信徒も多いので、現実問題として無理ですし、また本部としてもそれを許可はしないでしょうが、広い意味での使用に制限はありません。

>本流派は、各教化部においては、「宇宙浄化の祈り」の朗誦、「大日本神国観」の実修が、禁じられていると言っていますが、この事の真偽はどうなのでしょうか<

完璧、デマです。まず、宇治では研修生に『大日本神国観』を覚えさせているのに、教化部では実修禁止、みたいなバカなことはあり得ません。

「早朝行事ではしていない」を「禁止」と勝手に解釈したのではないでしょうか?また、早朝行事については昔から道場ごとに個性があったので(私の教区が発祥の地だからかもしれませんが)、本部の方針とは無関係に道場や教区が判断している面は大きいです。

『宇宙浄化の祈り』に至っては、「我が日ノ本を」を「我が日ノ本と地球世界を」と改訂された、つまり、その改訂版を使うならば全く問題ないということです。

さっそくご返信いただき、貴重な現場の声を聞かせていただき、有難うございました。

重版保留聖典・書籍をテキストにはしないが、部分を引用して講話に使用するのは問題ないという感じなのですかね。

宇宙浄化の祈りと大日本神国観についても教えてくださり、ありがとうございました。
教化部により早朝行事では実修しないところもあるという程度で、公的に本部が朗誦、実修を禁止している事はないのですね。

これは私の想像ですが、谷口雅宣先生のお言葉の背景を忖度し過ぎる一部の教化部や幹部があって、そういう一部の例を本流派が誇大に取り上げたりしている事もあるのではないかという感じがしています。想像が当たっているかどうか分かりませんが。

谷口雅宣先生の『宇宙浄化の祈り』の文言の改訂(?)に個人的には賛同できませんが、それでも『宇宙浄化の祈り』そのものを禁じているのではないこと、「大日本神国観」が宇治の練成道場で実修され続けていることを知って安心いたしました。

色々と教えていただき、有難うございました!!

>重版保留聖典・書籍をテキストにはしないが、部分を引用して講話に使用するのは問題ないという感じなのですかね。<

そうです。それが問題になったという話は聞いたことがありません。

>これは私の想像ですが、谷口雅宣先生のお言葉の背景を忖度し過ぎる一部の教化部や幹部があって、そういう一部の例を本流派が誇大に取り上げたりしている事もあるのではないかという感じがしています。<

本来の意味で「穿った」見方だと思いますよ。もっとも、そういう「忖度」をする人は「総裁先生は左翼である」と認識しているわけで、事実認識がホンリュウ派と一緒であることに気を付けなければなりません。

生長の家を信仰する上で、聖使命会に入会する義務はありますが、組織会に入会する義務はありません。事実、聖使命会員の内で組織会に入会しているのは、一割未満のはずです。

その、信者の中でも一割未満の組織会に入会して、会費まで支払うということは、組織の方針を積極的に支持する意味合いがあるわけです。同じ金があるならば聖使命会の什一会員や特志会員になる方が功徳はありそうなものですが、わざわざその分のお金を(或いは、さらに加えて)払ってまで組織会に入会するわけですから。

もしも総裁先生や本部の方針が「大日本神国観の実修を許さない!」みたいな、トンデモナイ方針であると本気で思っているならば、その組織を止めればいい、と言うか、むしろ「辞めないといけない」と思いますよ。

どうしてわざわざ「大日本神国観、禁止」の組織にお金を払ってまで所属するのか、と言う話です。貴方の懐が痛むだけで、何のメリットもありません。龍宮住吉本宮に祈ってほしいならば聖使命会員だけで充分なんですから。

正義にも反し、利益にもならない行為をする、それは精神異常者です。そういう人間が教区の役職について「左翼路線」を推進していると、教団の腐敗を如実に感じます。彼らは総裁先生に中心帰一などしておらず、わざわざお金まで払って自分の妄想にしがみつき、他人を巻き込んでいる極悪人です。

>谷口雅宣先生の『宇宙浄化の祈り』の文言の改訂(?)に個人的には賛同できませんが、それでも『宇宙浄化の祈り』そのものを禁じているのではないこと、「大日本神国観」が宇治の練成道場で実修され続けていることを知って安心いたしました。<

良かったです。宝蔵神社では毎晩研修生が先祖供養をしているのは御存知の方も多いでしょうが、その先導をする研修生は『大日本神国観』の実修試験に合格した人から選ばれます。

(『大日本神国観』を含む7つの神想観。どの神想観を選ぶかは任意だが、『大日本神国観』は必修。)

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